ウェブ集客 × 自炊 × ゴルフ

【映画】あゝひめゆりの塔 感想・悲しい結末だと分かっていてもみるべき

【映画】あゝひめゆりの塔を鑑賞しました。

ひとことで述べるなら、悲しい結末だと分かっていてもみるべきだと感じました。

この記事では映画を観たきっかけ、感想を3つのテーマにまとめてみました。

映画を観たきっかけ

年末年始に沖縄旅行を計画中。

実はボク、一度仕事で訪れたきりで、まともに沖縄の観光をしたことありません。

そんななか、行くならひめゆりの塔は押さえておこう、まずは映画を観ておこうと思ったのがきっかけ。

映画のあらすじ

昭和十八年。太平洋戦争は各戦地で米軍の反攻がはじまりつつあったが、沖縄はまだ戦争感は薄く、沖縄師範女子部の与那嶺和子は、級友の比嘉トミらと運動会を楽しんでいた。そして師範男子の西里順一郎と知り合ったのは、青く澄みきった秋の空の下だった。昭和十九年、沖縄も戦場としての体制下となり、和子や西里ら学生も一日の半分を陣地構築の作業に従事した。このころ、二人はお互いにかすかな愛情を感じはじめていた。サイパン島が玉砕し、小学校の学童は内地に疎開が決まった。小学校教員の母ハツは和子や弟・武に別れを告げ、輸送船・対島丸に乗った。その対馬丸が潜水艦に撃沈され、永遠の別れになろうとは。姉弟は、母の分まで生きぬこうと誓いあった。十月、米グラマン機がついに襲ってきた。那覇市は炎上し、師範の校舎は焼けた。空襲は連日続き、軍は全島に非常戦時体制をしき、女子学生は臨時看護婦として南風原陸軍病院に、男子学生は鉄血勤皇隊となって陸軍と行動を共にすることになった。昭和二十年三月、和子たちのために証書も賞状もない小さな卒業式が開かれた。校長は訓辞の途中で絶句し、先生たちも、和子もトミも泣いた。そして四月、ついに米軍が無血上陸に成功した…。

https://www.nikkatsu.com/movie/21090.html

映画の感想

戦争の恐ろしさ

平和な日常から次第に戦況が悪化し、ついに米軍が沖縄上陸。

学徒動員のため、日本軍と共に沖縄本島の南へ南へと追い詰められていく経過は、悲惨としか言いようがありませんでした。

こういう映画はもっと現代においてテレビやNHKなどで放送すべきだし、悲しい結末だと分かっていてもみるべきだと思いました。

苦しんで死ぬことへの恐怖だけでなく、自分だけが生き残ってしまったという自責の念に苦しむことも、想像を絶する恐怖なんだと思います。

操作される情報

兵士が女学生に対し、「日本軍が優位に戦っている」と当時の戦況とは異なる情報を伝えるシーンがあります。

情報を操作し、若者を洗脳し戦争へと駆り立て、命を捨てさせようとする上層部の思惑が垣間見えます。

ボクが今回、戦争の悲惨さ以上に気になった点はここでした。

他にも調べてみると、同じような問題があることが分かりました。

1945年8月15日に日本が無条件降伏したことは誰もが知るところですが、映画監督の柴田昌平氏によれば、

沖縄戦が正式に終わったのは1945年9月7日だった

http://www.himeyuri.info/

といいます。つまり、終戦の日(8月15日)が過ぎても、戦い続ける日本兵がいたんです。

いわゆる「玉音放送」のあった“終戦の日” 8月15日が過ぎても戦い続ける兵隊がいました。総司令官は6月に早々に自決しましたが、「降伏するな、死ぬまで戦いつづけろ」との軍命を残し、部隊はその後も交戦を続け、ひめゆり学徒の生存者の中にも8月下旬まで地下壕を転々とした生徒もいます。久米島では8月に入っても、スパイ容疑で日本軍による住民の惨殺が行われていました。6月23日の「沖縄・慰霊の日」は組織的な戦闘が終わったとされている日ですが南西諸島の日本軍が全面降伏文書に調印したのは9月7日

http://www.himeyuri.info/

このように、戦争経験者の証言をたどっていくと、日本軍が沖縄住民に対して伝えるべき情報が何らかの理由で操作されていたことが分かっています。

ボク達がいま、当たり前に素通りしている情報だって伝える側の思惑などから何かしら操作されていることがあります。

例えば、砂糖。

個人的には、摂らなくて良いものだと思っていますし、できるだけ量を減らすべきです。

でも、外食をする際、砂糖の量は自分では決められませんよね。

何しろ、調べると分かりますが、砂糖は、砂糖と名乗らないで売られていることが分かってきます(これだって立派な情報操作でしょ)

例えば、ボクがいま自炊しているのは、砂糖の量をコントロール(シュガーフリー生活)したいからです。

お菓子中毒になっていませんか

懸命に生きる姿

やはり最後は、日本の大女優である吉永小百合さんを筆頭に描かれた、なんとしてでも生き延びようとする姿です。

1960年代のモノクロ映画にも関わらず、迫力があり、目を覆いたくシーンも多くありました。

しかしこれは、すべて本当にあったことであり、実際に映像にできないような出来事もあったはず。

💡今日のなるほど

ボクもそうですが、現在のコロナ禍で、なんとなく意欲が湧かないな、と思うことが増えました。

そんな折り、この映画を観て、不謹慎かもしれませんが、「自分なんてまだまだ恵まれているじゃないか」と感じたのも事実。

とはいえ、現実的には、コロナのダメージが深刻化しつつあるので、シンドイと感じる自分を否定することなく、しっかり休みながら過ごそうと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました