同じことをやるにも「我慢してやる」のと「納得してやる」のでは違う

何事も我慢してやるのではなく、納得して取り組みたいものです。

明日やる仕事も日々の節約も、長期的な自分の向かうべき方向性も。

少しでも重荷だと感じていることがあるとしたら、それは「納得してやる」ではなく、「我慢してやる」という選択をしているからです。

納得してやったことのほうが、上手くいくことが多いです。

また「失敗から学ぶ」という言葉があるように、上手くいかなかったとしても、「納得して取り組んだからこそ」そこから得られるものがあります。

ひとりの時間を持って内なる声を書き出す

「我慢してやる」を「納得してやる」に変えるにはどうしたら良いでしょうか。

ことあるごとに、やる目的・理由を考えて、自分の内なる声と向き合い、言葉に書き出すこと。

これはボクは600日以上毎日ブログをやっていて強く感じていることです。

しかし、外に向かう声(発する言葉)は、ややもすると、取り繕いがちになります。

「頑張る気もないのに」「頑張ります」といってみたりするのは、「無理して頑張っている」だけです(ボクも何十回、何百回取り繕ったことか、、、)

内なる声は、「上司の承認を得るために取り繕っただけ」なのかも知れません。

そうやって、言葉に書き出すことではっきり認識することができます。

言葉に書き出すことが難かしければ、普段モヤモヤ考えていることを、端的にまとめてくれる人と時々雑談する機会を設けたり、教訓やことわざ、漫画、落語、、、ありとあらゆる表現に触れる機会を増やしましょう。

世間のあるべき論の呪縛から逃れる

世間のあるべき論の呪縛から逃れることも、知らず知らずのうちに「我慢してやって」いないでしょうか。

例えば、、、

・大人になったらマイホームを持つ、というあるべき論

・マイカーを持つ、というあるべき論

・保険に加入する、というあるべき論

・辛いこと、我慢することに価値がある、という考え方

・予定がぎっしり詰まっているほうが充実した人生を送れる、という考え方。

どれだけ、納得しているでしょうか。

営業マンが熱心だったから?

CMに出てくるようなライフスタイルに憧れたから?

親が言っていたから?

ボクは約3年前に、マイホームを手放しました。

金利や維持するためのリスクを考えないで買ってしまったボクが馬鹿だったんですが、手放して心から安堵しています。

今考えてみると、「住宅ローンの犠牲になっていたかも知れないな」と感じることがあります。

毎日、自分の感情を振り返る

「納得してやる」ためには、「なんとなく」とか「成り行きで」「事情があるから」「仕方なく」ではなく、こういう生き方がしたいから、こうやって生きています!と言えること。

そのためには、ブログや日記など、面倒臭がらずに毎日自分の感情を言葉にして振り返ること。

例えば、読書をしたら「自分はこんな時に、こんな事を考えるのか」と感想を書いたり、仕事がひと段落したところで「こうやって考えたほうが良かったのではないだろうか」と振り返ったり、トラブルがあったら「次に同じような状況になったら、こう試してみよう」とシミュレーションするだけで、「我慢」が「納得」へと変わっていきます。


■編集後記

昨日は早朝にブログ・音声配信、夕方から金曜日のタスクをこなしました。

1日1試

電動キックボードに乗ってみたくて、まずはアプリをダウンロード。

都心のビジネス街は、年末年始ならスイスイ走れそうで楽しみです。

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作成者: 神作 英樹

●日々の気付きや備忘録をまとめています ●世田谷区在住 ●インターネット集客やホームページ企画・編集など ●身銭を切って買ったもの、実際に使ったもの、実際に見たものだけを紹介・我が子が理解できるわかりやすさが当ブログのポリシー

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